えんとつ町のプペルはつまらない?映画の伝えたいことや正体とは?

えんとつ町のプペル映画はつまらない?伝えたいことや正体とは? 映画

2020年12月25日公開、映画『えんとつ町のプペル』。

お笑いコンビ・キングコングの西野亮廣さんが原作絵本を手掛けたことや、クラウドファンディングという作成方法も話題になりましたよね!

 

今回は、そんな絵本を原作とする映画『えんとつ街のプペル』を取り上げてご紹介致します。

実はこの映画『えんとつ街のプペル』の原作は、レビューを散見すると、「つまらない」、「伝えたいことは何?」等の感想もちらほら見えます。

そんな映画『えんとつ街のプペル』は本当につまらないのか、プペルの正体や、西野さんが伝えたいことの意味などを掘り下げて解説していきます。

プペルの正体、オマージュは何か?ルビッチは?作品の意味とは?

皆さんの感想も参考にしながら、解説していきますね!

 

えんとつ町のプペルはつまらない?

映画『えんとつ町のプペル』はつまらないのか?

まずは、原作絵本の観点から検証していきます!

 

結論から申し上げますと私の意見はNOです。

しかし、やっぱりネガティブ意見もあるようなので、私が確認できた絵本『えんとつ町のプペル』のネガティブ意見を、大きくまとめて下記に3点列挙してみます。

  • 文章が下手
  • 人物描写が弱い
  • 世界観の説明が足りない

皆さん結構辛口なんですね・・

では、なぜこのようなネガティブな意見が出てきてしまったのか。

検証していきたいと思います。

 

『えんとつ町のプペル』つまらない?①文章が下手?

まず、『えんとつ町のプペル』の文章が下手という意見。

これに関しては全く感じませんでした、個人差はあると思いますが・・・。

『えんとつ町のプペル』前半の絵本特有のリズム感のある文体、絵本に長い間触れていなかった私は懐かしい気持ちすらしました。

また、このリズム感ですが、後半になると薄れていきます。

 

『えんとつ町のプペル』原作者の西野さんは、わざとこのような文章にしているのではないでしょうか?

ストーリーの結末をしっかり読者・子どもにも味わってほしいからでは?と思われるのです。

 

『えんとつ町のプペル』つまらない?②人物描写が足りない?

2つ目、『えんとつ町のプペル』の人物の描写に関してですが確かに足りていません

ルビッチが「プペルのせいで学校で虐められたから君とはもう会わない」というシーンに、感情移入ができないという方も、いらっしゃったのでは?

しかし、私は現代のリアルを風刺する上で、妥当なストーリーだと思いました。

実際に西野さんは風刺という言葉をインタビュー等でも使用していますし、「プペルと仲良くしてほしい」という意見は、西野さんの求めている風刺には当てはまらなかったのかも。

 

また、『えんとつ町のプペル』のラストシーンの「プペルがルビッチのお父さんの生まれ変わり?」のような解釈も、納得できない方もいらっしゃるようでした。

ですが、ビジュアル面でも生かしたかった『ハロウィン』というモチーフをストーリーの根幹に組み入れる手段としては、とても良いと感じます。

 

『えんとつ町のプペル』はつまらない?③世界観の説明が足りない?

3つ目は、『えんとつ町のプペル』の世界観の説明が足りないという意見。

ここが一番意見の分かれるところかと思いました。

しかし、『えんとつ町のプペル』においては、ハロウィンのモチーフも岸壁のモチーフも、想像を掻き立てる余白を残しておくという事は児童文学としては効果的だと思います。

 

『えんとつ町のプペル』はつまらない?④映画化する事による物語の拡張性

絵本『えんとつ町のプペル』は、背景を含む絵を凝って鑑賞したり、物語の背景に想いを馳せながら読むともっと時間をかけて読む絵本です。

『えんとつ町のプペル』は、内容だけなら10分程度で読み終われるような絵本ですよね。

 

映画化により、最初に挙げたネガティブイメージは、解消できる可能性を十分に持っています。

絵本では世界観にも人物にも余白を残し、できるだけ細かい描写を削ぎ落とし、その後の作品でそれを深堀したいと西野さんが元々考えていたとしたらかなりの策士ですね、、

ですが、絵本の2冊目や小説、短編でも映像作品等を考えていた可能性は十分ありますし、『えんとつ町のプペル』は絵本だけで終わらせない構想を持ってたとも考られます。

そう考えると、絵本でつまらないとしても、映画でこそ『えんとつ町のプペル』はもっと輝くことになるかもしれません。

 

映画が伝えたいことやプペルの正体とは?

続いて、『えんとつ町のプベル』の伝えたいことやプペルの正体を、検証していきますね。

 

「信じぬくんだ。たとえひとりになっても」

絵本『えんとつ町のプぺル』が伝えたいことは、冒頭文から始まる通り「信じぬくんだ。たとえひとりになっても」というのが西野さんが最も重きを置いている主題でしょう。

 

一度は身の保身のため、自分の気持ちを信じられず、プペルと距離をおいたルビッチ。

そのルビッチを信じ続け、お父さんの写真が入ったペンダントを探し、なお”ホシ”を見せてあげたいという純粋な気持ちを貫いたプペル。

 

最後に2人で見た”ホシ”は、例え1人でも自分の気持ちを信じ抜く決意をルビッチにさせたはずですよね。

 

私はルビッチを現代人のオマージュだとして読みました。

子どもの煙突掃除屋という設定も、貧困層の子どもが煙突掃除をして家計を助けるという歴史になぞらえてのことだと思います。

 

煙突掃除する人を幸運の象徴とする文化もありますので、終盤の展開を考慮するとどちらにもかけているかもしれませんね。

金銭的には貧しくないが、現代は精神的に貧しいという考えや、時間に拘束され搾取される現代というイメージも含まれているかもしれません。

そんな現代でも、周りからなんと言われようが『えんとつ町のプペル』では「自分を信じ抜くことの大切さ」を、表現しているのではないでしょうか。

 

プペルの正体

プペルは空から落ちてきた心臓がゴミの山に落ちて生まれたゴミ人間

ゴミ人間というネーミングが結構強烈だなと感じましたが、児童文学なので直接的で掴みやすいのかもしれません。

ゴミの山で自分を肉付けし、生まれたプペル。

実は頭にはルビッチの探していたお父さんの写真が入っていた銀のペンダントが隠れていましたね。

ルビッチはハロウィンの日にお父さんが会いにきてくれたんだね、と解釈しています。

プペルがルビッチのことを自分の子どもだと認識していないのを考慮すると、プペルはルビッチのお父さんの生まれ変わりだと言うのが定説でしょうか。

 

映画『えんとつ町のプペル』を観た人の感想は?

最後に、映画「えんとつ町のプペル」に対する人々の声を集めてみました!

 

映画『えんとつ町のプペル』に期待の声!

最後に、映画「えんとつ町のプペル」に期待を寄せる皆さんの声を集めてみました。

 

 

映画『えんとつ町のプペル』を観た人の感想は?

続いて、映画『えんとつ町のプペル』の映画を観た人の感想をご紹介していきます。

 

 

驚くほど映画『えんとつ町のプペル』のレビューは良いみたいですね!

しかし、中には「つまらない」といった辛口のレビューも・・・

 

皆さん、様々に意見があるようですね!

 

まとめ

以上『えんとつ町のプペル映画はつまらない?伝えたいことや正体とは?』をお届けしました!

いかがだったでしょうか。

2020年12月25日公開、映画『えんとつ町のプペル』、公開がもう直ぐですね!

公開前にこの記事で映画『えんとつ町のプペル』がつまらないという理由、伝えたいことやプペルの正体の解説、映画の意味など、少しでも皆さんの心に留めるところがあれば嬉しいです。

つまらない作品が映画になると特別面白くなってしまうという現象は往々にしてありますので、原作絵本がつまらないという方ほど観てほしい映画です。

また、映画『えんとつ町のプペル』ならではの解釈や意味の改変もあるかもしれません。

映画『えんとつ町のプペル』では、絵本とは別のプペルの正体や西野さんの現代人に伝えたいこと、細かく描写することでもっと鮮明に見えてくるかもしれません。

ぜひ、映画館で映画『えんとつ町のプペル』を楽しみたいですね!

 

 

 

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